営業方針に疑問を持ち退職

私は大学卒業後、地元にある小さなブライダル貸衣装の会社に就職しました。主な仕事としては、結婚雑誌を見て資料請求のあったお客様に資料を送ったり、電話をかけたり、訪問して、自社ビルまで来て頂くという営業マンをしていました。

自社ビルには、ウェディングドレスや和装の婚礼衣装が数百種類あり、お客様に試着をして頂いて、その中から結婚式で着る貸衣装を選ぶという販売スタイルを取った会社でした。

当時の私は、学生から社会人になりたてで、右も左も分からない状態でした。入社してすぐに研修があり、即戦力として対応できるように、仕事が終わってからも自宅で必死に研修で学んだ内容を復習する事で必死でした。研修中に上司から「私達は夢を売る商売だから。常に流行には敏感でいなければならない。」と教わった言葉が、とても印象に残っていて、それまで流行に疎かった私も、ファッションや流行に敏感になりました。

仕事も少しずつ覚え、営業マンとして契約が取れた頃、私と同期入社の社員がミスをしました。いつも真面目な彼は、お客様に対しても誠実な応対を心がけていました。彼はお客様が知らなかった、お得なセットプランを提示したのです。お客様はとても喜んで、契約成立となりました。ですが、その直後に上司に呼び出され「なぜ客が気付かなかったセットプランを提示したのか。言わなければ分からなかった。また後から分かったとしても、いくらでも対応できた。誰が君の給料を払っていると思っているんだ。会社の不利益になる事は慎みなさい。搾り取れる相手からは、1円でも多く取るのが営業だ。」と言われました。

契約が成立して喜ばしいはずなのに、上司からこのように強い口調で言われているのを、私は彼のすぐ側で聞きました。そして、最も私が驚いたのは、この言葉を発した上司が、あの「私達は夢を売る商売だから。」と言った上司その人だったからです。

私はこの会社自体に違和感を覚えました。そして、1日も早く転職する事を考えました。この会社だけが異例なのか、それとも他社もこのような考えなのかは分かりません。ですが、少なくとも私が思い描いていた営業マンの姿とは、かけ離れた会社でした。上司の言葉を聞いた時、この会社は時と場合によって、キレイ事と現実を使い分けている事が、ありありと分かったからです。

私は学生時代に、水泳指導員の資格を取得していました。夏場は市民プールに沢山の親子連れが来るため、プールの監視員の人手が必要だという求人が出ていました。元々、水泳は幼い頃に習っていた程度で、水泳選手ではありませんでした。しかし、自分が泳げる事はもちろん、救急救命処置や水中での救助法を資格取得の際に勉強していたので、即採用となりました。

市民プールでの監視業務は、営業とは全く畑違いの仕事でした。まず7人以上のチームを組みます。監視室3名以上・プールサイド4名以上でローテーションを組み、15分ごとにポジションを移動していきます。休憩は監視室に居る時に取りますが、監視室からも監視をしながら休憩を取るスタイルでした。 営業と最も異なる部分は、チームワークを要する所です。営業でもチームワークを要する部分はありますが、基本的には営業から成約に至るまでの大半は、1人で行う仕事でした。これに対して、市民プールでの監視業務は、常にチームワークが必要となります。来場者が怪我をしたり、おぼれかかったり、体温と水温の差から心臓麻痺を起こしたりと、緊急時の対応には一刻の猶予も許されません。もしも大きな怪我や心臓麻痺等が発生した時は、監視員それぞれが臨機応変に対応しなければ命に関わります。心肺蘇生を行う者・AEDを運び処置をする者・他の来場者をプールの中から上げるよう誘導する者・館内放送を行う者等、その役割は、常に決まっている訳では無いのです。その場に最も近い監視員が、周りの状況を見て的確に判断し、迅速な対応が求められる職場でした。

会社の利益を出すための営業マンと、命に関わるプールの監視員では、その仕事内容やチームワークの重要性も全く異なりました。ですが、私にとっては、どちらの仕事も貴重な体験だったと思います。営業マン時代に、営業をかけて成約に至るまでに、今自分がどうすべきかを書き出す習慣が身に付いていました。その習慣は、監視業務において、事故発生時にどう対応するかを書き出す事で、迅速な対応につながりました。幸い私が勤務していた時に、大きな事故や死者が出る事はありませんでした。仕事内容は全く異なる職場でしたが、根本的に重要な部分は共通項があったのかも知れません。